作家のことば

 絵を描くということは自分という一人の人間の心が受信したことを、他の人に向けて発信する作業だと考えています。


 受信することは、スケッチするしないにかかわらず、四六時中しているわけですが、眼で見たものをもとに制作する私の場合は、写生と写真取材をもとにして、それに、その他の受信もしている自分の心を通過させて発信作業をしています。


 私の場合、「あ、美しいな、絵にしたいな」と思ったものをなるべく素直に描きとめ、写真に撮っておくようにしています。そして、その時の感動、美しさがいつまでも心に残るような深さや内容を持っているかどうか、作品として一つの世界(空間・存在)を構成することが出来るかどうか、自分の感動を含めた心を込めた表現が出来るかどうか、などを考えた上で発信用の制作にかかることが多いのです。その感動をより良く表現するために、デフォルメしたり、いくつかの風景を組み合わせたり、実際にあるものを省略したり、色調を変えたりしていきます。廃船や樹のシリーズの頃は、文学性やドラマ性を強調するために、暗い空にしたりナイフで強い色を入れたりもしましたが、今は、より自然な感じをこわさないようにと気を付けています。それは、自然の中に無限の生命のドラマ・宇宙の摂理が存在していると思うからです。自分が自然(人間と共存している自然・人間生活も含めまれている自然)と向き合っている時に感じるドラマを表現したいと思いながら描いていますが、同時に、私が描いた自然の中から、作品を観る人がそれぞれのドラマを自由に感じてもらえたら、とも思っています。


 自分の作品はまだまだ不十分な点だらけだと思います。自分に正直な絵を描こうとしているので、いやでも、自分の人間としてのいい面も悪い面もそのまま画面に現れてきます。ですから、自分の絵の質を良くしていくためには、自分に人間としての質を向上させていかなければならないと思っています。それがなかなか難しいことで、「言うは易く行うは難し」で、これからも、死ぬまで四苦八苦を続けていくことだろうと思っています。

2005年発行「溝口七生作品集」より